上條淳士 「SEX」 (2)

 

上條淳士「SEX」(30th Anniversary Edition)読了。大分前から読みたいと思っていたんだけど…、Amazonでポイントが4000以上貯まるのを待ってポイント使って、やっと読めた。

 

 

上條淳士

 

 

いい。本当に、全部いい。ストーリーも含めて全部。

 

…と、俺的には最高に痺れる作品だと思うんだけど、ネット上の記事を拾うと「絵や雰囲気を楽しむ作品」といった見方が大半で、ストーリーに言及したものがほとんどない。また、前半くらいまでは面白かったが後半は微妙…的に、後半部分で評価を下げたり。いや、ストーリーとか、後半含めて全部最高なんだけど!?何なんだその評価は…!? と、モヤモヤがたまりまくった。

その流れで、「ええわ、ほんならわいが書いたるで!!」と思ったから書く。

 

といってもガチガチなお固い論評をここで展開する気はさらさらなく、気になったことを勝手につらつら述べるだけだけど。

 

まず自分的に取り上げたいポイントが、“Triangle Relationships”。どうも日本語にすると下世話なイメージになってしまうが、いわゆる「三角関係」だ。

三角関係となると村上龍の「コインロッカーベイビーズ」や「愛と幻想のファシズム」を連想せずにいられず。ちなみに一応説明しておくと、「愛と幻想のファシズム」の主要な登場人物は以下。

  • 鈴原冬二
  • 相田剣介(ゼロ)
  • フルーツ

鈴原冬二、相田剣介と聞けば「新世紀エヴァンゲリオン」を連想する層の方が多いだろう。話がそれるからそっち系の話はここではスキップするが、気になった人は以下の記事など参照(タイトルに関連するのは前半部分)

村上龍のSF政治経済小説と「エヴァ」の関係

 

「コインロッカーベイビーズ」は以下。

  • キク
  • ハシ
  • アネモネ

 

というわけで、書くだけ野暮だが、俺にはユキ・ナツ・カホの3人が、上記のキャラクターに重なって見えるわけだ。(上條氏がこの辺を意識したかどうかはわからない。まぁ男2人・女1人の三角関係となると、こういうキャラ設定になるのが世の常ではある)

 

この先若干ネタバレが入るので閲覧注意。既読だからかまわない人とか未読だけど気にしない人だけ続行してください。

 

 

 

上條淳士

 

上條淳士

 

上條淳士

 

 

 

ここから再開。

作中ユキとカホが「境界を超えそうで超えない(やりそうでやらない)」シーンが何度か登場するが、俺は、でも多分終盤あたりでやるんだろうな?と予想してた。鈴原冬二とフルーツはやったからだ。

このキャラ設定は、そういう宿命なのだ。そしてその予想は当たった。実にくだらん予想だが、そのシーン、その「境界」の超えかたが、すごくクールだ。先にナツとカホがさらっと「境界」を超えるシーンもいいんだけど、こういうさりげない表現の一つ一つが、憎らしいくらい粋なのだ。

 

エロや恋愛感情が絡む場面に限らず、この「SEX」にはそんな絶妙な「間合い」で描かれたシーンが数多あり、それに出くわす度に「やられた!」と思う。

俺にとってはこれが、この漫画を読む時の最高の瞬間。おそらく、上條作品の中でこのような間合いの素晴らしさが最高に描かれているのが、「To-y」でも「8」でもなく、この「SEX」だと思う。(エロとは言ってるがこの作品には実際にエロいシーンは全く登場しないので、あしからず)

 

例えばなんだが、ユキがある企みのもと、カホをホテルに連れ込む場面がある(このときはやらない)

 

「ウォーターベッドの寝心地も悪くないだろ?」(ユキ)
「そーね。ユキも来たら?」(カホ)

 

一瞬沈黙。この後、次ページの、カホの表情がサイコーなのだ。もうたまらんのだ。あえてここには載せないが。

 

俺は、こういう場面(エロが絡むという意味ではない)の描きかたの妙技が、上條漫画の真骨頂だと思っている。上條氏、やたらと絵が評価されて、下手すりゃ絵や雰囲気だけの作家と勘違いされがちなんだが、俺は「おめーらの目はふしあなか!「絵」だけじゃないんだよ!この表現は「雰囲気」じゃねぇんだよ!」と大声で叫びたい。

 

ここで、「ふしあな」ついでにこの点についても言及。

 

一定の評価を得ている「To-y」はともかく、「SEX」については「なんでこんなに過小評価されなきゃあかんのか!?」と俺は不思議に思っていたが、このポイント自体が作品の重要なテーマにつながる。そこが、ユキの重要なセリフ「何を見てるかじゃねぇ….」「どう見えるか….」にシンクロするのだ。

 

上條淳士

 

ヒトによって対象が「どう見えるか」はそれぞれ違う。当然といえば当然のことではあるが、当然すぎて日常的に深く意識しないことでもある。

 

上條淳士「SEX」が「全部最高!」に見える自分と、「絵とか雰囲気を楽しむ作品」「2巻まではよかったけど後半はいまいち…」に見える人では、見ている(存在している)世界線が違いすぎる。そして、後者を「ふしあな」呼ばわりする自分もまた、それが真実ということではなく、「そう見える」だけだということもわかっている。

 

ただ「見える世界」は当然違ってていいんだけど、過小評価ばかり多くネット上に散らばってしまうと、過小評価バージョンの先入観でこの作品を捉える人が多くなってしまう。それは不公平だ。

 

最後は三角関係からズレたが、まぁよし。今後も別視点の「SEX」上げ記事を書く。

 

mono magazine No.137(1989) 「モノ・マガジンのペレストロイカ」

 

mono magazine No.137(1989) より。

 

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メイン特集は「ペレストロイカ」なんだけど、季節柄「アイスクリーム大行進」ページに目を奪われる。それにしても「ペレストロイカ」て懐かしすぎる。今だと「そんな言葉聞いたこともない」人の方が多いんだろうな。

 

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こっちがメイン特集。ペレストロイカグッズが大流行した記憶はないけど…

 

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