「KILL BILL」は復讐映画ではなかった (1)

 

ここ数日、タランティーノの映画「KILL BILL(キル・ビル)」が頭から離れなくてどうしようもない…!! vol.2が特に…!!

「KILL BILL」はvol.1だけ日本公開時に劇場で観たんだけど、改めてvol.2も合わせてプライムで観たらもう、「え、こ、これってこういう映画だったのか!!!」と衝撃のビックウェイブが押し寄せて、完全にやられてしまった。

 

この映画について書きたいことは無尽蔵にあるんだが、書き始めると絶対止まらなくて寝れなくなるの確実。今日は軽めに、「CUT」magazine No.156 (2003)に掲載された千葉真一のインタビューから、ちょっといい話を引用。

 

Kill Bill

 

-「キル・ビル」では、刀鍛冶の服部半蔵としてだけでなく、俳優たちに殺陣の指導をされていますよね。

「ええ。とくに、ユマとルーシーがよくがんばりました。あれほど稽古を真剣にやるとは思ってもみませんでしたよ。「なぜ、そこまで真剣にやるのか」、と聞いたくらいです。そうしたら、彼女たちはこう答えたんです。「これを吸収すれば、女優としての特技をひとつ身に付けたことになります。だれにも盗まれない、自分だけの財産になるんです」って。で、こっちがクタクタになっても、まだやりたいと言う。プロとしての志の高さには、正直感激しました。日本の女優さんに見せてあげたいくらいです。」

 

このエビソード、好きだなぁ〜。千葉真一という日本人がいたからこそ、ユマ・サーマンのあのぶっちぎりの殺陣シーンが見れたのだと思うと、日本人として感慨深い。

ユマ・サーマンはvol.2の撮影中、車で長年後遺症が残るほどの大事故にあってしまったのが残念だし、千葉真一が2001年に亡くなってしまったのも、残念だ。

だけど、そんなにも真剣に演技に取り組んでくれた俳優と指導した人、監督はもちろん、多くのスタッフ・関係者の力によって、こんな最高すぎる映画がこの世に生まれたことに対して、100万回ありがとうと言っても足りない気持ちだ。

 

記事タイトルに関わる内容も書きたいけど、寝れなくなるからまた今度。

 

映画「パルプ・フィクション」の意外な解釈など

 

 

映画「パルプ・フィクション」のプライム配信が間も無く終了と知ったので、久しぶりに見直した。「パルプ・フィクション」は好きな映画ではあるが何度も見直すほどのファンというわけではなく、最後に見た時から10年以上は経過していたはず。で、久しぶりに見直したら、当時は完全にスルーしていたポイントがあったり、すっかり忘れていたシーンもあったりで、自分の中の認識が結構ズレていたんだなぁ、と気付かされた。(そう、自分が見える世界というのはその都度異なるのだ)

その流れでちょっと調べたら、興味深い記事に出会ったのでメモしておく。以下は「パルプ・フィクション」は、ワーグナーのオペラ「ニーベルングの指輪」を下敷きにしているという解釈とその詳細な解説だ。
パルプ・フィクション 解説【タランティーノ】

 

同じくパルプ・フィクションについて、時系列解説した記事。
時系列倒置の研究 4・「パルプ・フィクション」

 

上記のリンク記事から、セルジオ・レオーネの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の時系列について書かれた記事に飛べる。この時系列解析もすごい。こんなの読んじゃったら、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」も見直し必須になってしまうじゃないか。あの大作を通して見るのはすげぇ気力・体力がいるんだよなぁ….

 

 

話を「パルプ・フィクション」に戻すと、「パルプ・フィクション」と「ニーベルングの指輪」のつながりはリンク記事に詳細書かれているのでここでは述べないが、「おぉぉー、そ、そういうことだったのか!!」と目から鱗的に衝撃を受けた。この刺激的な解釈は他に類を見ない。AIにも質問してみたが、現状、同様の着目点はインターネット上にはないようだ。が、そんなことはどうでもいい。「パルプ・フィクション」に対する解釈は世に多数あるが、自分としては「ニーベルングの指輪」ベース説はかなり説得力があると思った。

が、ここで白状すると、これまで「ニーベルングの指輪」については名前を聞いたことがあるくらいで、その中身・内容は全く知りませんですた。この年まで生きていても、知らないことがありすぎる。これから死ぬまでも、知らないことだらけだろう。わかったつもりになっていて、実は全然わかっていなかったってことも。でも今、「パルプ・フィクション」の刺激的な解釈と「ニーベルングの指輪」について知ることができてよかった。

 

ちなみに「パルプ・フィクション」のプライム配信間もなく終了の知らせは、多分直前にコーエン兄弟の「ブラッド・シンプル」を観ていたから、おすすめで登場した。なぜ「ブラッド・シンプル」を観たかというと、漫画家の上條淳士氏が好きな映画監督としてコーエン兄弟を挙げていたからだ。(タランティーノも)だから何、という話題だが、いろんな要素が数珠繋ぎでつながっていって、思いもよらなかったモノや情報に出会えるのは面白い。

 

久しぶりに「パルプ・フィクション」を観て、かつ、今まで知る由もなかった新しい解釈に出会うことができてよかった。

 

上條淳士 「SEX」 (5) - Another Yuki

 

上條淳士の「SEX」は作中後半に、すご腕殺し屋という設定のもう1人の「ユキ」が登場する。ここでは「Anotherユキ」と呼ぶことにする。

 

上條淳士

 

仕事の時は(よく見るとそうじゃないときでも)ボンデージファッションで身を固めるAnotherユキ。カホにもボンデージの衣装をプレゼントするが、その素材がエナメルでもレザーでもなくラバーという設定はセンスがいいと思う。

孤高の殺し屋Anotherユキが身につける衣装としても、ラバー素材は似つかわしい。その筋では明らかにエナメルよりラバーが格上、いや、最高峰だからだ。Anotherユキが身につけるのがエナメルではちゃんちゃらおかしい。レザーでは凡庸。やはりラバーがしっくりくる。

あ、言うだけ野暮だけど、別にそっち系の趣味はないすよ。そもそもボンデージファッションにおいてラバーが最高峰なんて、一般教養だし。(え)

 

上條淳士

 

まぁこのポイントに着目する変態読者がどれだけいるか不明だけど、俺的には重要なポイントだ。大半の人には重箱の隅をつつくようなネタでしかないだろうが、何しろ神は細部に宿る。God is in the details。

ところでこの場では便宜上もう1人のユキを「Anotherユキ」と呼んでいるものの、実際にはOriginalユキはこっちと言うべきかもしれないんだな。ネタバレになってしまうからこれ以上は割愛するけど。

 

上條淳士

 

物語はAnotherユキが登場するあたりから特に血生臭い展開が加速する。「SEX」の後半で多く描かれる、極道や殺し屋が登場しつつの格闘・殺人シーンに忌避感を抱く層は一定数いるかもしれない。特に「To-y」から入った女性ファンあたり。しかし「SEX」という作品は、これらの要素がなければ成り立たない。タランティーノ映画に暴力シーンが必要なように。

 

Anotherユキに言及するとどうしてもネタバレに抵触しそうになるからあまり書けないんだが(それだけ重要な登場人物ってこと)、非常に魅力的なキャラクターではある。スピンオフとか書いて欲しいけど、まぁそれはないだろうな…、と思いつつAnotherユキとカホの、次のデートの様子を妄想している。