上條淳士 「SEX」 (3) - How do you see?

 

上條淳士の漫画「SEX」は「境界」が主要なテーマとなっているが、同時に、「(世界が)どう見えるか」ということも、色盲という設定のユキを絡めて重要なファクターになっている。前回記事でもそれに関することを少し書いたが、今回も若干その続きを。

 

上條淳士

 

かつて漫画家「上條淳士」が女性のパートナーと2人一組で執筆していることは、渋谷陽一のサウンドストリート(ラジオ番組)の上條淳士氏インタビューで聞いたことがある。まさに80年代「To-y」連載中の頃だったと思う。当時は名前も出てこなかったが、パートナーの名は村瀬葉子(YOKO)氏。しかし後にコンビを解消することになる。時期は不明。

 

俺は「To-y」はリアルタイムで連載読んでいたが(毎号ヤンサン立ち読みで。ビンボーだったもんで…)、その後は漫画全般に対する関心が薄れてしまい、「SEX」は読んでいなかった。

 

「SEX」をリアルタイムで読んでいた読者からは、YOKO氏が離れた後の絵がどうも…という意見があるようだ。「SEX」の後半から変わってきたとか。が、俺はYOKO氏不在時とそうでない時期の、上條漫画の絵の違いがわからない。違いが見えない。見えないのは、その世界線に関心がないからだ。注意深く観察すればわかるのかもしれない。量子力学的には、観察者の意志の強度によって観察結果、つまり見える世界が変わってくるという。でも、わかったところで何なんだ?と思うから、注意深く観察する気もない。そんなことより、俺はただこの素晴らしい傑作漫画の世界を楽しみたいんだ。

 

 

上條淳士

 

違いがわからないと言ったものの、さすがに80年代に(おそらくYOKO氏により)描かれたカホの顔と、2017年にカバー用に上條氏が書き下ろしたカホの顔が違うことくらいは、わかる。しかし、それが何だというのだろう?

1人の漫画家が書き続けていても、連載途中でタッチや人物の顔が変化するのは普通にあることだ。「初期の方が好き」「今の方が好み」と読者によって感想は変わるだろうけど、まさに好みの問題で、ジャッジを下す問題でもない。いや別に、ジャッジを下す自由はあるけど、この周辺に関してネット上に否定的な意見が蔓延するのは俺的に納得いかないからこの記事を書いている。

 

 

上條淳士

 

量子力学を持ち出さなくとも、ヒトは基本的に関心がない事柄は見えないもんだ。無条件で「SEX」サイコーだよ!な俺には(やっぱ、語弊が…)、この作品の絵が全編通してカッコよくしか見えない。「キメ」のページはもちろん、小さいギャグっぽいシーンの表現とかも、全部いい!最高かよ!

 

…という風に、俺には見えているんだな。

 


こんなのもあるよ